おはようございます。
無肥料自然栽培農園、ののの農園のかとうまさや(ましゃ)です!
(現在研修中)
ぼくは50件以上の農家を回ってきて、たくさんの農業の形を見させていただきました。
いろいろな農家さんがいらっしゃいましたが、その中で一番強く感じたことは、【家族との時間を大切にしている農家さんが多かった】ということです。
ぼくが農家という職業を選んだのも、こういった農家さんを見てきたからこそなんですよね〜。
農家という職業を選んだ5つの理由
ぼくが農家という職業を選んだ理由主な理由は以下の5つです。
1、家族との時間を持てる
2、自然の摂理に沿った生き方ができる
3、自分で好きな野菜を作れる
4、おいしい野菜が食べれる
5、災害に強い
1、家族との時間を持てる
冒頭でも書きましたが、これが一番大きいです。
何よりも大切にしたいと思っています。
通勤時間で1時間以上費やすなら家族との時間を持ちたいです。
仕事仕事で夜遅く帰ってくるようだったら、家族との時間を持ちたいです。
家族を犠牲にしてまでも仕事をしたくないです。
農家だったら、ある程度自分でコントロールできます。
夏場だったら家族が起きる前に仕事して、起きてきたときに一緒に朝ごはんを食べることもできます。
昼間はゆっくりと家族とお昼ご飯を食べて、午後から仕事に励むこともできます。
子供と一緒にお風呂に入ることも日常的にできます。
冬だったら日が暮れれば家に帰って子供と遊ぶこともできます。
ちゃんと稼いでいることが前提ですがね!
2、自然の摂理に沿った生き方ができる
ぼくがとある農家さんの家に泊まったときに衝撃的だったのが、寝るのが早いってことです。
高校生くらいの子供も含めて10時にはもう寝ていました。
もちろん朝は早く起きて仕事しているんですが、それでも早く寝るっていうことがすごくいいなと思いました。
それに雨の日には無理に畑に入ることができないので、中でできる仕事をしたり、本を読んだり、事務作業したり、休んだりと自然の摂理に沿った生き方ができるのが農家です。
これこそが本来の人間としての一番自然な生き方なんじゃないかと思います。
3、自分で好きな野菜を作れる
農家によって作る野菜はそれぞれです。
ぼくが食べたいと思う野菜を一つの農家さんが作っているとは限りません。
わざわざ集めるのも面倒ですし、だったら自分で作った方が早いと思いました。
これ食べたいな〜っていう野菜が自分で作れて、しかも売ることができるっていうのは、農家しかできないことです。
ぼくは料理人になるのもいいなと思った時期があったのですが、料理人になっても理想の野菜を探すのが大変です。
だったら農家として自分の好きな野菜を自分で作れた方が一番楽しめます。
4、おいしい野菜が食べれる
農家だったら採れたての一番いい時期の旬野菜を食べれます。
量が少なすぎて出荷できないようなものも、食べれちゃいます。
さらに無肥料自然栽培で野菜を作ればおいしさは他の野菜とは格別です。
無肥料自然栽培の野菜が毎日たべれるなんて幸せすぎます。
5、災害に強い
前にもブログに書きましたが、地震などが起こった場合、農家って生きていく力はあると思います。
だって食べ物は畑にあるし、ビニールハウスを持っている農家が多いので、家ば潰れてしまった場合、寝床になります。
ガソリンもタンクに入れて持っている農家も多いし、軽トラもあればガラクタなどのものを運ぶのもできます。
何よりも大きいのが食べ物でしょう。
自分で食べものを自給していれば、どうにか生きていけるでしょう。
まとめ
研修先の明石農園で、家の横の作業場やビニールハウスで作業しているときには、子供達が小学校から帰ってくるのを迎えることができます。
これって農家や在宅の仕事の人しかできないですよね。
子供達にとっても家に帰れば親がいるっていうのは安心感があって、嬉しいことだと思います。
こういった環境で家族と過ごせるって幸せだな〜って感じます。
他にも、とある無肥料自然栽培農家さんのところへお手伝いに行くと、お昼ご飯をご馳走になってしまっています。
そのご家族はセカセカした感じは全くなくて、とても落ち着きます。
お昼休憩中は子供と遊んだり、奥様とお話ししたりと、そのときの時間の流れやその場の空間が素敵なんです。
ということで農家っていう働き方もいいですよ!
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