自然栽培を提唱した木村秋則さんの本「土の学校」はすごくいいよ♪

こんばんは〜♪

寒さに弱い、無肥料自然栽培農園「ののの農園」の園長”かとうまさや”です♪
(現在三芳町の明石農園にて研修中)

 

 

 

 

木村秋則さん

さて、NHKのプロフェッショナルで奇跡のリンゴを育てる農家として放送されてから有名になった木村秋則さんを知っていますか?

自然栽培を提唱して広めた方でもあり、すごい方なので知っている方も多いと思います。

ぼくは奇跡のリンゴの本を読んだり他の本も何冊か読ませていただいています。

この方の影響もあり僕も自然栽培の世界に入りました。

 

そして木村秋則さんの『土の学校』という本を最近読んだのですが、付箋がたくさんつくほど参考になる箇所やいい言葉がありました。

なのであなたにも教えたいので、僕が心に響いた箇所を抜き出してお伝えします♪

 

土の学校 (幻冬舎文庫)
木村 秋則,石川 拓治 幻冬舎 2015-12-04
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『土の学校』 木村秋則 石川拓治

山のタンポポはなぜい大きい?

木村さんは山の土は肥料を与えていないのに立派な木があることに気づき、畑と山の土の違いを調べるようになります。

そんな中山のタンポポが木村さんの畑のタンポポより大きいことに気づきます。

その頃木村さんはりんご畑に鶏糞から作った肥料をたっぷりと与えていたようです。

でも肥料を与えていない山のタンポポの方が大きい。

なぜか?

その時に肥料をあげなくてもいいんじゃないかと思ったそうです。

そして土の微生物が活発に働けるようしなければならないとも思ったそうです。

その方法が雑草を生やすこと。

このことがきっかけとなり木村さんは肥料を与えず草も刈らないという栽培方法へいきついたそうです。

 

→木村さんの観察力を大切にする視点は僕も意識するようにしています。

 

土壌細菌の存在を忘れて単純に土壌を分析しても意味がない

木村さんは土中細菌にはその土に欠けている養分を補って、植物の成長を助ける働きがあり、植物はお返しに光合成で作った炭水化物を土中細菌に与えて、お互いに助け合っていると考えているそうです。

木村さんの畑は土壌分析ではリン酸が少ないそうですが、りんごは元気に育っています。

また木村さんの畑の窒素量は肥料を施している普通の畑と変わらない量だそうです。

なぜリン酸が少なかったり、肥料を施していないのに窒素量が減らないのか?

その理由として考えられるのが土の中の細菌の働きです。

足りないものを自然と補う仕組みが土には備わっているようです。

こういった土壌細菌の存在を忘れて、単純に土壌を分析しても意味がないのではないかと。

 

→確かにそうだと思います。科学では全てわからないことを分かった気になってしまうのは危険だと思います。

 

土の違いを見極める

土とひとくちにいっても場所によってまったくの別物になります。

でもその違いを考えないのが現代の科学であり農業だそうです。

土と言った瞬間に、それはみんな同じという前提になってしまう。ここの土はどんな性質があって、どんな微生物が多いとか考えずに、タネを播く。

それでもやってこれたのは化学肥料と農薬があったからだそうです。

水はけの悪い場所には、湿気を好む雑草が生える。

そこに棲んでいる土中細菌は、乾いた場所の土中細菌とはまた違っているはず。

そんな場所に乾燥を好む野菜を植えたら、生育が悪いのは当たり前だし、病気にもかかりやすくなる。

それで農薬や肥料を使わざるを得なくなる。

 

→適地適作ってやつでしょう。明石農園もすごく意識していて畑に合う野菜を選んで栽培しています。それを見極めるのが農家の力量でしょうかね。昔の農家にとっては当たり前のことだったようですがね〜。

 

自然栽培は、自然にすべてをまかせ人間は何もしないという農業とは少し違います

農薬や肥料を使わない分だけ、人間がやらなければならないことはむしろ増えるのです。

いつも言っていることですが、この栽培において自分の目と手が、農薬であり肥料のかわりなのです。

 

→年配の方とかはよく勘違いしていると思いますが、自然栽培は放任栽培ではないです。除草するし、トンネルを使ったりもしますし、畑を耕すのも普通にします。ただただ自然に任せるのではなく、野菜が成長しやすいように手助けするのが自然栽培農家の仕事なんです。

 

私の栽培方法と福岡正信さんの農法は、まったく同じものではありません

自然農法の提唱者の福岡正信さんは作物を育てるために「何をしなければならないか」ではなく、「何をしなくてもいいか」と考え抜いて、独自の農法を提唱されたようです。

人為、すなわち人の行為をできるだけ排除した、いわゆる自然農法の提唱者の一人です。

一方自然栽培を提唱している木村秋則さんは「何をしなくてもいいか」という考えには基づいていないようです。

木村秋則さんからすると福岡正信さんは哲学者に近いそうです。

真理を追求するするための、ある意味で道具としての農業です。

けれども木村秋則さんは百姓。

作物を育てて生計を立て、家族を養うことができて初めて百姓と言えるのだと。

身も蓋もないことを言えば、それで家族を食べさせていかなければ、どんなに素晴らしいりんごができても意味がないのです。

それにりんごを育てて家族を養えるだけの収入が得られなければ、この栽培法が世の中に広まるとはとても思えないのです。

だから自然栽培は「何もしない」なんてことはありません。

 

→そう。家族を食べさせることができなければ意味なしです。これからは農業の時代だと言われますが、なんでもそうですがやり方次第でうまくいくいかないと分かれます。ぼくたちはブログを中心とした情報発信でうまくいくと思っています^^

 

自然は怠け者?

自然は基本的に怠け者です。

いや、怠け者はちょっと言葉がよくないかもしれません。

格好よく言えば、そうそう、それは前でも言いました。

自然は無駄なことをしないのです。

怠け者なのは土壌細菌も、りんごの根も同じです。

肥料を施すと根っこがあまり伸びなくなります。

りんごの木にしてみれば、必要な養分が肥料によって得られるなら、苦労してわざわざ根を長く伸ばす必要はないのでしょう。

 

→自然は無駄なことをしない!この言葉がすっごく頭に残りました。自然は無駄なことをしない。自然は無駄なことをしない。自然は無駄なことをしない。これはぼくの心にズシンときた言葉でした。

 

敵を作らない農業

生態系とは、生きとし生けるものすべてが、網の目のようにつながって生きている、命の全体の働きです。

その全体がつながって、ひとつの命を構成していると見た方が正しいのかもわかりません。

その生態系の一部である生き物を、人間の都合で、善と悪に分けてしまうことが、そもそもの間違いの始まりなのだと。

 

自然の中には善も悪も存在しないのです。

生き物はみんな、それぞれの命を必死で生きているだけなのです。

虫が大発生するのは、大発生する理由があるのです。

その原因をつきとめて、そうならないように手当をするのが百姓の仕事です。

虫や病気は原因ではなく、あくまでも結果なのです。

 

→まずはこの考え方がとっても大事だと思います。虫や病気は原因ではなくあくまでも結果。だからなんで虫が発生したのかを追求して原因を探るのが自然栽培農家のやり方です。

 

自然を逆さまに見る

木村秋則さんに言わせれば植物にとってまず何よりも大切なのは根っこなのに、それを忘れてしまっているのが問題なんだと。

土の中に隠れて、目に見えないわけだから、確かに意識しろといっても難しいのだけれど、だからこそ想像力を働かせて、今この植物の根っこはどうなっているのかを考えることが大切なのだそうです。

リンゴの木もそうで、リンゴの木がもし弱っていたら真っ先に根がどうなっているかを考えること。

根っこさえしっかりしていて健康なら、リンゴは必ず元気を回復しますと言われています。

根っこはどうなっているのかを考えるために、木村秋則さんは両足の間に頭を突っ込んで、りんごの木を逆さまに覗いているそうです。

 

→これは野菜でも使えそうなので、夏野菜で実験してみたいと思います♪

 

個性的なりんご。

同じ品種のりんごの木はDNAが同じである意味でのクローンだそうです。

人間で言えば、双子のようなもの。

でも、不思議なことに同じ遺伝子のはずのりんごの木が木村秋則さんの畑ではそれぞれにぜんぜん違う個性を持っているそうです。

そして一本一本がみんな違うので、その違いにしっかりと目を向けて、同じ生き物同士、一対一で向かい合うのがりんごの木との唯一の正しい付き合い方であることを長い百姓生活の末に学ばれたそうです。

これはインターネットには書いてないことなのです。

本当の意味で自然と付き合うには、一対一で生身の心と体で、自然と向き合うしかないようです。

 

→PCの画面や実験室ではわからないことが自然の中では起こっているので、現場がとっても大事なんだと思います!

 

りんご箱と学校。

もちろん人間もひとりひとりみんな違うのに、りんご箱のようにひとつの教室に同じ年齢の子供を集めて、みんな同じという前提で教育をします。それがそもそもの間違いなんじゃないかと。

人間も子供たちをひとつのりんごの箱に詰めるのは、あくまで大人側の都合です。

子供はひとりひとりみんな違う。

その違いを尊重し、違うことを前提とした教育を、これからはもっと考えていかなきゃいけない。

 

→これは野菜の種でも同じことが言えると思います。野菜の種は同じ規格になるように作られたF1種というものが主流です。同じ時期にタネを蒔いて同じ時期に収穫&出荷する。全部一緒。学校も就活もみんな一斉に行う。自然界ではありえないことを人間は普通にやっている。でもそろそろその仕組みも壊れてきている気がします。

 

 

まとめ

様々なことをやって失敗を重ねてきた木村秋則さんだからこそ言えることだろうという貴重な体験から導き出された言葉の数々が心に響きました。

ぼくみたいに薄っぺらい言葉ではなく、一つ一つが重いんです。

だから読みながら「そうだよな」と思うことがたくさんあり、また「そうだったのか」という気づきも与えてもいました。

自分の農業を始めたらまた違った感覚で読めそうなので、数年後にまた目を通して見たい本でした。

興味ある方はぜひ読んでみてください♪

 

 

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